三人の乳母


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西方院の縁起では、聖徳太子が乳母を務めた三尼公の労を労って建立されたともいい、太子の死後剃髪し太子御廟の前に建立したともいう。その三尼公は日本で最初に出家した善信尼、禅蔵尼、恵善尼で、それぞれ蘇我馬子の娘であった月益姫、小野妹子の娘であった日益姫、物部守屋の娘であった玉照姫であったという。

善信尼、禅蔵尼、恵善尼が日本で最初に出家したことは『日本書紀』にありますが、三人が太子の乳母であったことや(年齢的にもちと合わない)、三人が蘇我馬子、小野妹子、物部守屋の娘であったことは書かれていませんね。

この辺がちょっと合わないな~って気にはなるんですが、史実かどうかと考えても面白くない。伝承は伝承として楽しまないとね。そこで、もう二つ面白い話をご紹介しましょう。ひとつは『聖徳太子伝略』で、もうひとつは『河内名所図会』と『西国三十三所名所図会』です。今回は、ひとつめの『聖徳太子伝略』から紹介してみたいと思います。

『聖徳太子伝略』は太子の死後(推古30年 622)、様々に語れてきた聖徳太子伝説の集大成と言われ、917年(延喜17)にまとめられたとされています。太子の年ごとのエピソードがまとめら、それらは聖徳太子絵伝などに描かれたりして、太子信仰が庶民に広がっていく元とといわれています。

この『伝略』の原文や訳文を探していたら、『厩戸皇子読本』(藤巻一保 原書房)って本を見つけ、そこに全訳文を載せてくれていましたので、太子の誕生の部分を引用して紹介してみたいと思います。

 敏達天皇の元年壬辰の春正月一日、妃が宮の中を巡って厩のところに至ったとき、急に産気づいて、知らない内にお産をしてしまった。
 正月一日に入胎して、出産もまた正月一日だった。太子は妃の腹で十二ヵ月をすごしたのである。
 妃がお産をしたことに気づいた内侍所の女官は、驚いて赤子を抱きあげ、大急ぎで寝殿に駆けこんだ。
 妃もまた産後の調子が悪くなることもなく、すこやかな様子で寝所の幄(あく)の中に入り、お休みになった。
 皇子が驚いて庭にいた侍従にたずねると、たちまち赤や黄色の光が西方からさきこんできて、宮殿の内を照らして輝かし、しばらくしてから止んだ。
 このとき敏達天皇は皇子の宮である東宮にいたが、この異変を聞いて、急ぎ駕を呼ぶようにと命じた。
 ちょうどそのとき、東宮の殿の戸に、またさきほどと同じ光が照り輝くということがあった。
 敏達天皇は大いに霊異(くしび)なことだと思われ、群臣に勅して、
「この児は後に世に異なることがあるだろう」
と仰せになった。
 そうして、ただちに産湯をつかさどる大湯坐(おおゆざ)・若湯坐(わかゆざ)の役人を定めるようにと有司(ゆうし)に命じ、赤子を沐浴させて抱きあげたところを天皇が褓(むつき)をもって抱き受けて、皇后に赤子を手渡した。
 皇后はその赤子を父の皇子に手渡し、皇子は妃に渡した。妃はふところをひらいて赤子を受け取ったが、そのとき赤子の身体から、とても香(かぐわ)しい香りがした。
 三日の夜は天皇が宴を設けて群臣に物を賜った。
 七日の夕は皇后が宴を設けて後宮(こうきゅう)の職員らに物を賜った。
 大臣以下の群臣は、つぎつぎと饌(みそなえ)を献じた。これを養産(うぶやしない)という。
 また、天皇は太子を養うための乳母(めのと)三人を定めた。いずれも臣連(おみむらじ)の女(むすめ)をあてた。
 夏四月をすぎたころには、太子はよくものを言い、よく話をするようになった。
 また、人の挙動を察して、みだりに泣いたりするようなことはなかった。

『厩戸皇子読本』(藤巻一保 原書房)より

これは聖徳太子の誕生の時のエピソードで、太子は厩の前で生まれた。だから名を厩戸皇子というのは有名な話ですね。
文中、妃とあるのは太子の母の穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。皇子とあるのは後に用明天皇となる父の橘豊日尊(たちばなのとよひのみこと)。天皇とあるのは敏達天皇。皇后は後に推古天皇となる額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)ですね。因みにいずれの陵墓も太子町にある方々です。

で、文中最後に、「天皇は太子を養うための乳母(めのと)三人を定めた。いずれも臣連(おみむらじ)の女(むすめ)をあてた。」とありますね。

『聖徳太子伝略』は聖徳太子にまつわる伝説の集大成と言われていますので、すくなくても917年(延喜17)までには、三人の乳母がいて、いずれも臣連の娘だったって話があったってことですね。でも、ここにはまだ、三人が蘇我馬子、小野妹子、物部守屋の娘であったとは書かれていませんね。

参考図書・資料
『厩戸皇子読本』(藤巻一保 原書房)

叡福寺横にあるなごみの広場には、聖徳太子絵伝(叡福寺蔵)を鑑賞できます。
第一幅の誕生の場面。右下が厩の前での出産。左下が天皇、皇后、皇子に抱かれる場面。

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